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文責: 重城良国

喜び

本当のところ「喜び」というものは宗教的なものなのだろう。

しかし、今はもっと手近な話をする。たとえば「何かないかな」とネットを検索する。とくに新しい話題もない。何度も何度も同じような検索結果を見る。メールチェックする。とくにメールも来ない。情報に飢える。新しいニュースに飛びつく。嫌なニュースでも何もないよりはましなのだ。

情報を消費しているだけだと人はただ待つしかできない。情報を作ることだ。喜びはそこから生まれる。人の作る情報を待つのではなく。読み、学び、書く。習い、学び、作る。自分で決めて、自分で作る。それ以外にはどのような喜びをも求めようがない。餌を待つだけの飼育された動物になるのではなく。その頭は何のためにあるのか。学べ。そして作れ。その頭はすべての物事から学ぶことができるはずだ。そして体はすべてを素材にして創造することができるはずだ。残されたものがほとんどなかったとしても、それでも学べ、作れ。

現実というもののなかで、人が喜びを求めるのならば、僕は言う。「学べ、作れ」そこ以外に喜びはない。1mmでもいいから進め。1mmでもいいから積め。

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