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文責: 重城良国

気が乗らないときは

何もできないときがある。何もできないときには何もしない。何もしないのが苦痛なら、ジョークページを見る、マンガを読む、日記を書く、歩き回る、馬鹿みたいに体を動かす、音楽を聞く、ただただうめく。時が過ぎるのも待つ。何もできないのではなく何もする気になれないときがある。手をつけてはやめてまた始めるがすぐに飽きる。やってみてもその結果はひどいものだ。コードを書けば汚く、文章を書けば適切な言葉が出ずにまわりくどい言い回しになる。

何もする気になれないときには「ただする」。何をしても意味がないように感じる。考えがまとまらない。始めれば始めたで焦る気持ちに負ける。効率が悪い。いつもなら100できる時間で1も進まない。できてもひどい出来だ。それでも「する」。全部やり直しになってもいい。コードを書くときはバージョン管理ソフトを使う。すべてをめちゃくちゃにしてしまったとしてもまたもどれる。

気が乗らないときにした0.1の仕事は絶好調のときにする1000の仕事に相当する。気が乗らないときに自分に仕事を課すということは自分の無意識にこう語りかけることだからだ。「君、この仕事はとても大切なものなのだよ」。絶好調のときに1000の仕事ができるのは不調なときに0.1の仕事をするからだ。見かけ上何も進んでいなかったとしても、無意識を説得するという大切な作業を行っているのだ。「無意識」というものの生産性は「意識」とは比較にならない。GPUがCPUとくらべてはるかに強力な並列実行力を持つようなものだ。マシンガンのようにコードを書いているとき、それはその日までの数々の「不調の日」に行った0.1の仕事が積み重なって、何倍にもなって返ってきているのだ。

この文章をはじめに書いたとき僕は不調だった。何もする気になれなかった。これを書くにも日本語がうまく使えないもどかしさを感じた。書き直す日は来ないだろうと思いつつも「後で書き直す」といいわけしながら書いた。「後で書き直す」といういいわけによって、細部へのこだわりを越え本質に集中し、文章を書くときに必要なスピード感を保った。

「やろうやろう」と思ってできず「進めよう進めよう」と思って進まず3時間自分にプレッシャーをかけたあげくコードを一行書く。それがいいのだ。0.1mmでも進めば良い。すべてを書き直すことになったとしても。

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