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文責: 重城良国

わだかまり

わだかまりというもの

わだかまりというものがある。小さなことから大きなことまで、心に残るしこりだ。後悔かもしれないし恨みかもしれない。あるいは何かの傷かもしれないし、うまくいかなかったあれこれかもしれない。

小さな傷だ。

モノとヒト

小さな傷にこだわり続けているとそれがどんどん大きくなる。それをしていい場合としてはいけない場合とがある。仕事における小さな傷にはこだわり続けるのはいいことだ。それを「職人」と呼ぶ。しかし、人間関係の小さな傷にはこだわらないほうが良い。

モノに対するのとヒトに対するのとでは根本的に違うアプローチが必要だ。しばしば職人と呼ばれる人はつきあいずらい人だったりする。それはモノに対するアプローチをヒトにも適用してしまうせいだろう。モノに対する頑固さを人間関係に適用することは破壊的だ。モノはこちらから手を加えなければ変化しない。しかしヒトは自立した存在だ。それをまちがえてはいけない。

ここでうまくいったことが、あそこでもうまくいくとはかぎらない。職人として、小さなことにこだわり続けるのは大切なことだ。しかし、人間関係のなかでは小さなことには目をつぶらなければならない。そこをまちがえてしまうと、けっきょくのところ、人間関係の渦が仕事にまで悪影響をおよぼす。

自分の影響下にあるモノとそうでないモノ

モノであったとしても自分の影響下にあるモノとそうでないモノとがある。自分が支配しているモノとそうでないモノとがある。自分の支配下にないモノに対してはヒトを介した介入が必要になる。そこには、つまり、ヒトに対するのと同じ問題がある。

どうすることもできない

自分の努力ではどうすることもできないことがある。たとえば自分の心を自分でどうすることもできないこともある。「どうすることもできない」ということ。問題を認識しているのに解決の手段がないときがある。

そんなとき一番いけないのは「それ」を軽視することだ。自分にとって重要なことだからわだかまりになる。そのわだかまりは苦しくても心のなかに持ち続けなければならない。軽視すれば復讐される。

わだかまりを持ち続ける

わだかまりを心に抱え続けるということだ。わだかまりを心に持ちながらすべてのことをするということだ。わだかまりは消せない。それを心に抱え続けるということは英雄的な行為である。

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